こだわりを捨てる


2016/10/5

こだわりを捨てる

子供が少しでも幸せになるように、少しでもよい学校を卒業するようになど、

子供に「こうあってほしい」と願うのは素直な親心だと思います。

だれもがある程度の「こだわり」を持って、子育てをしていることでしょう。 

この「こだわり」という言葉から、

「○○にこだわり続けて30年」など情熱を持って、

ひとつのことに取り組んでいる姿を想像しますが、

この言葉は「つまらぬことにこだわる」「小事にこだわる」「地位にこだわる」のように

「気を使いすぎる」「気にかける」「とらわれる」「迷う」「とどこおる」というのが本来の意味のようです。

スポーツ選手で、練習のときは良い成績を残すのに、

いざ本番になると成績が下がってしまうということがよくあります。

「よい成績を残したい」「勝たなければ」というこだわりが、集中力を減退させ、

いわゆる「あがる」という心理状態になります。

野球ならバッターボックスに立ったら、

「よい成績を残したい」「勝たなければ」というこだわりを捨て、

投げられる球、一球一球に集中するべきです。

子供にこうあってほしいと願う親心は時として視野を狭くし、

小事にこだわり、

子供の可能性に目を向ける妨げになります。

またこの親心も度が過ぎると、

「こうあらねばならない」「こうあるべきだ」に変わり、

「うまくいかないのは、先生が悪い、学校が悪い、社会が悪い」といった他罰性へと発展しかねません。

子供は親をよく見ています。

他罰性のある親のもとでは他罰性のある子供が育ちます。

「成績が伸びないのは、先生の教え方が悪いから、学校が悪いから」と

他の悪いところを見つけて、自分を肯定しようとします。

「こだわり」は何かを貪欲に吸収しよう、

理解しようという心の動きとはかけ離れたものであり、

子供の成長を止める原因になります。

まず親が子供に対するこだわりを捨て、「こうなってほしい」ではなく、

今、子供の「できる」ことを暖かなまなざしで見守っていくことが大切です。




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